あらやピアノスタジオ
あぐらdeピアノ「ピアノ教師、保護者そして生徒へのメッセージ − アメリカに学ぶ」 新谷有功 著
はじめに
(Introduction)
「生徒が自分の思うように上達してくれない。」、「レッスンに行き詰まった。」、「うちの子どもはさっぱり練習してくれない。」、「何年も習っているのに楽譜が読めない。」、「練習の仕方がわからない。」、「レッスンが面白くない。」など、教師、保護者、生徒、それぞれに、いろいろな悩みがあるかと思います。
これらを簡単に解決できるような方法があれば随分便利なのでしょうが、そのようなものは恐らく存在しないでしょう。
では、皆で協力して、3年後にこれらの問題が全て解決するとしたらどうでしょう? それなら十分可能です。
私はアメリカの伝統的なピアノ教育法は、体系的で、使い方を誤らなければ落ちこぼれを作らないすばらしい教育法だと思っています。
この本は、ピアノ教師、ピアノ教師を目指す方、保護者、そして生徒の皆様に読んで頂きたいと思っています。わかりづらい専門用語は飛ばしていただいて構いません。ただ、読み終えたときに何か一つでも参考になることが残っていれば幸いです。
さて、長年現地で使ってきたアメリカの伝統的なメソッドについて、帰国後に改めて考えるきっかけとなったのは、生徒の親からのある質問でした。
テキサス州ダラス郊外に住む、あるアメリカ人の生徒の母親からこんな質問を受けました。「うちの娘は家であぐらをかいてピアノの練習をしているのだけど、いいの?」 私は2〜3秒考え、「構いません。」と答えました。
これは理由を説明しなければ納得してもらえるような回答ではありません。
あぐらをかいてピアノを弾くのはお行儀の悪いことです。姿勢も悪いですね。おまけにペダルが使えません。しかも先生に怒られます。 あぐらをかいてピアノを弾いて良い訳がありません。こんな事をまじめに考える方がおかしいのではないかと思ってしまいます。
でも、そんな質問をしてくれた親に対して今は感謝をしています。これが、私にいろいろな事を考えさせるきっかけとなったわけですから。
その母親に対して私はこう答えました。 「お嬢さんがピアノを練習するとき、あぐらをかいても構いません。あぐらをかくということは悪い癖にならないからです。すぐにペダルの使い方を習いますから心配要りません。ペダルを使えばあぐらをかくことはできません。
私は、何が悪い癖になるか、あるいは何が悪い癖にならないかを知っています。悪い癖になりそうなことを発見したら、あなたの子どもが泣こうがわめこうが、それを正します。しかし、悪い癖にならないだろうと判断したときは放っておきます。
自由な姿勢は集中力を増します。どんな格好でピアノを弾こうが、今習っている初見演奏をきちんと復習するよう、ご両親のご協力もお願いしますよ。」
生徒に対して私は、読譜を強調して教えます。ですから生徒達は常に楽譜を見る癖がついています。レッスンのつど、それは何の音? 何分音符? その記号は何? その調は何? 音程は? どこから転調してる?というように、生徒に対してどんどん質問します。 生徒は真剣に楽譜をにらみつけ、一生懸命答えを出そうとします。そういう時、生徒の目はキラキラと輝いています。生徒の口にガムが入っていようが、あぐらをかいていようが、私は文句を言いません。「ひとつの事に集中しているときは、他のことを忘れなさい」と教えているということもあります。お行儀云々も大切かもしれませんが、私はその目の輝きをもっと大切にしたいと思っています。
生徒の目の輝きは教師にとって、何にも代え難い貴重な物のように思えます。ですから生徒にはできるだけ楽な格好でピアノに向かって貰うことにしています。
私が子どもの頃は、やたらとお行儀が重視され、やれ腰は90度、手の角度は鍵盤に対して90度、背中をピンと伸ばし、椅子の高さがどうのこうのというふうに、うるさく指示されました。
ある意味では大切な事かもしれませんが、これほどがんじがらめなレッスンをやって、生徒の目の輝きを伺うことができるかどうかは疑問です。結果として一番大切な集中力が分散してしまうからです。
私はここに2つの課題があるように思います。まず、この「お行儀」というのは、いったいどこの国の作法か?もしかして、この美しい言葉の裏側に、もっと重要な課題があるのではないか? もう一つは、ピアノ教師自身が自分の考えを自信を持って述べているか否か?ということです。
重要な課題とはズバリ初見演奏のことです。 アメリカの伝統的なピアノ教育では、演奏のレベル、読譜のレベル、音楽の理解度その他、それぞれをバランス良く上達させます。つまり、ピアノが弾けるのにその曲の音譜が読めないということは普通考えられません。もう一つは、教師達は、自分たちの裁量によって、それぞれの生徒にとってベストなテキストを選んで与えているのです。
ピアノのレッスンに関するいろいろな悩みがあっても、探せばきっとどこかに一筋の光が見えるはずだと思います。また、皆で努力すれば、レッスンは必ず成功するものだと私は信じています。
目次
はじめに
第一章 伝統的なメソッド vs 新しいメソッド (Comparison of Piano Methods)
アメリカの二つのメソッド
二つのメソッドの起こり
AメソードとBメソードの定義づけ
Bメソッドに関する資料の翻訳
2つのメソッドの比較
1 A曲線とB曲線
2 Aメソッドはカメ
3 Bメソッドはウサギ
4 みじめなカメ
5 カメの勝ち
6 力尽きたウサギ
親をレッスンや練習に同席させるか
1 Aメソッドの場合
(1) 親のレッスンへの同席は遠慮してもらう
(2) 家庭では
(3) 子どもに教えて貰う
2 Bメソッドの場合
(1) 親は同席
(2) 猫ふんじゃった
(3) モーツァルト
AメソッドとBメソッドの比較の結果
1 Aメソッド
2 Bメソッド
Bメソッドの生徒を救え
1 ウサギを救え
2 ダラスのケース
3 レッスンプラン
4 荒療治
5 作戦成功
6 大気圏外へ
7 まとめ
A曲線とB曲線を発見した経緯とそのパワー
1 疑問
2 グラフの失敗
3 点の種類と方向性
4 初級が終わる時期に於いてのグラフの調整
5 グラフの完成
6 検証作業
7 完成
第二章 レッスンのために (For Piano Lessons)
レッスンプランの基本
1 一次元式
2 二次元式
3 三次元式
一人一人の目標
1 短期目標
2 長期目標
初級の体系的評価
1 教師独自の判断基準
2 評価
便利な音符の発見法
スパイラル・コンセプト
1 スパイラル・コンセプトとは
2 忘れる vs 忘れない
(1) レッスンで
(2) 日常
(3) 繰り返す
(4) 認識
(5) チャンネルをうまく利用する
子どもとウソ
教師自身が楽しむ
第三章 初見演奏 (Sight Reading)
まず生徒の初見能力を確かめる
初見演奏指導のポイント
教材
注意
実践
音程の速読
速読のためのウォームアップ
音程の認識と指の関係
音程の速読を初見演奏に生かす
なぜリズムを崩してはいけないのか?
私のケース
キーボーディングの勧め
まとめ
第四章 「移動ド」万歳 (Movable "Do" and Fixed "Do")
「移動ド」と「固定ド」の違い
「移動ド」と「固定ド」の割合
「移動ド」の限界
1 暗譜の限界
2 ピアノの音がわからない
3 ソルフェージュの限界
4 転調
5 12音技法
「移動ド」の利点
1 音楽理論の助け
(1) 楽曲分析と暗譜
(2) 楽曲分析と「移動ド」
(3) 「移動ド」と楽曲
2 ソルフェージュの助け
(1) ピッチメモリー
(2) 音程で考える
まとめ
第五章 どっちが障がい者? (Handicapped Students)
全盲のピアニスト
1 全盲のピアニストによるリサイタル
2 ダラスの教会で
3 独創的なレッスンへ
手の障がい
バノウェッツ流万歳
ディスレクスィアのケース
1 ディスレクシアとは
2 ダラスの生徒
まとめ
1 生徒のためのプログラム
2 テキストをうまく使う
3 挫折しても良い
第六章 集中力 (Concentration on Piano Playing)
無視する
集中力と年齢
運転中のラジオ
集中力のトレーニング
1 大家族
2 テニススクール
3 家庭で
大学でのディスカッション
まとめ
第七章 手首 (Usage of Wrist on Piano Playing)
手首を痛めないために
1 やってはいけないこと
2 正しい手首の動かし方
3 ポイント
ロシアで手首の特訓
手首を速く上下させるテクニック
手首を回転させるテクニック
ハノン考
1 ハノンの時代のピアノ
2 ハノンを使って手首のトレーニング
(1) 手首の回転
(2) 手首の回転とトリル
(3) 手の構造
(4) 4の指を上げる?
3 ハノンに関しての注意
第八章 発表会を成功させるために (For a Successful Studio Concert)
発表会を有意義にしたい
面白いと思う発表会
上手な演奏
発表会の場所の確保
発表会のチラシの内容
1 チラシの内容
2 服装
3 全米音楽教師協会の目
曲目を決める時期
曲目を決める時、新しい曲は弾かせない
1 新しい曲は選ばない
2 曲を体に染み込ませる
曲の成就には妥協しない
ステージマナーを教える
アメリカ式ステージマナー
ステージマナーの悪い例
ステージの怖さを教える
1 ドキドキ
2 「悪」と戦え
3 練習は「悪」をやっつける
リハーサル
勇気づける
生徒を励ます便利な文句
本番前に録音して生徒自身に聴かせる
1 録音
2 録音を残す
忘れたら
珍プレー
発表会の後は、めちゃくちゃ褒める
ビデオ撮影の勧め
第九章 演奏のために (For Piano Performance)
暗譜の仕方を教える
1 暗譜の仕方
2 最初の音を覚えておく
練習方法を教える
1 片手の練習
2 片手の練習と初見演奏の関係
3 間違った練習方法
実際にステージで起こったこと
1 私自身の嫌な経験
2 私が目撃したハプニング
3 聞いた話
第一音目の恐怖
自分の楽器が使えないという宿命
止まってはいけないと教える
演奏している最中に解決しなければならない問題
ピアノの椅子
演奏を成功させる心、技、体
1 心
2 技
3 体
第十章 教室運営のために (Managing Piano Studio)
生徒が教師を評価する
新しい生徒へのインタビュー・セッション
ピアノ教師の一般的な基本姿勢
マニュアル
1 レッスンに於いて
(1) レッスン前
(2) レッスン中
(3) レッスン後
2 教師の技術的な面に於いて
(1) 基本
(2) 宿題帳
3 営業
4 教室運営
終章 皆のために (For Everyone)
悪質なピアノ教室
保護者への手紙
教師や辞書を信用するか
皆のために
あとがき / 著者略歴 (Auther)
©2005新谷有功