あらやピアノスタジオ
あぐらdeピアノ「ピアノ教師、保護者そして生徒へのメッセージ − アメリカに学ぶ」 新谷有功 著
第九章
演奏のために
(For Piano Performance)
暗譜の仕方を教える
暗譜の仕方は、そもそも教えなければならないものですから、発表会や他の演奏の準備の段階で、そのシステムの一つとして組み込んでおけば便利です。そうすれば生徒が「暗譜の仕方がわからない。」と言うようなことは起こりません。
私自身、絶対音感がありませんので暗譜することは大変で、とても多くの時間とエネルギーを費やします。しかし考えようによっては絶対音感が無かったお陰でこうして生徒に対し、役に立つ暗譜の仕方を教えることが可能になったと思っています。
アウトゥール・ルービンシュタインのように、譜面を写真に撮るように覚えることの出来る、いわゆるフォトグラフィック・メモリーがあればいいなあと思いますが、そういう人は殆どいないようです。
1 暗譜の仕方
一度に曲全体を暗譜するなんていう事は普通出来ませんので、基本的には少しずつ行います。曲の最初から最後まで何回も何回も繰り返して弾いても、それは時間とエネルギーの無駄で暗譜の効果はあまりありません。注意したいところです。
初級の場合では曲の一部をまず指定します。例えば1段とか、1フレーズとか、または1小節でも構いません。そしてその部分を次のように暗譜します。
(1) 本を見て、右手だけ弾く。
(2) 本を見ないで、右手だけ弾く。
(3) 本を見て、左手だけ弾く。
(4) 本を見ないで、左手だけ弾く。
(5) 本を見て、両手で弾く。
(6) 本を見ないで、両手で弾く。
どこかでつまづいたらこの順番を戻してやればいいのです。これが出来たら次の部分を同様に行います。
面倒なことのようですがこの工程は普通それほど時間がかかりません。
中級と上級の場合もやはり少しずつ暗譜しますが、たいていの場合、片手の練習をさせておけば大丈夫です。
ソルフェージュや楽典などを利用し、理論的に音楽を考える事が出来れば、暗譜はより確実なものとなります。
2 最初の音を覚えておく
ステージの上ではドキドキしますので最初の音の場所を鍵盤の上でしっかりと覚えていないと大変なことになります。最初の音をどう覚えるかといいますと:
(1) 自分の前にペダルがあることを確認する。
(2) 自分の体の中心線のやや左のドの音をさがす。それが真ん中のド(中央ハ)。
(3) 真ん中のド(中央ハ)を基準に最初の手の位置を覚えておく。
こういった作業も暗譜のトレーニングの一部としておけば便利です。
練習方法を教える
1 片手の練習
口を酸っぱくして生徒に言っていることは、片手の練習を一日一回は必ずやることです。これは私自身に言い聞かせていることでもあります。
片手だけの練習をするときは本を見ながらでも良いと思います。
片手の練習をきちんとやっておかなければ演奏中、右手に集中しているときに左手を間違えたり、その逆だったりします。右手と左手は技術的に完全に分離独立していなければ、ステージの上でふと忘れてしまうことがあり、危ないのです。
片手の練習は非常につまらないものですが、これを生徒にやらせないと発表会等でかわいそうな目に遭ってもらわなければならないことになります。
2 片手の練習と初見演奏の関係
初見演奏の苦手な生徒は普通、片手の練習も苦手です。読譜が苦手だからです。
例えば、ある曲の左手だけを弾いてみますと、それはトンチンカンな音、あるいは全く違った曲に聞こえることさえあります。
読譜の苦手な生徒にとって片手の練習は大変な苦痛です。
一方、読み方の得意な生徒にとっては音がどう出ようが、またそれがどう聞こえようが、頼る楽譜が目の前にありますから平気なのです。
教師は根気を持って普段から初見演奏のトレーニングをしっかりと行いたいものです。
3 間違った練習方法
間違った練習方法の代表的なのが次のようなものです。
曲の初めから終わりまで、両手で何十回も通して弾いて「30分練習した。」と満足感に浸っているような場合です。このような練習は常に戒めて行かねばなりません。
同じ曲を毎日毎日、何度も何度も弾いていれ
ば、ボーッとしていてもピアノが弾けてしまうという現象があります。そういうふうに弾けていたピアノでも、いざステージに上がると、どうしてもあれこれ考えてしまいます。「次の音は何だっけ?」とか「あれ、昨日は弾けたんだけどなぁ・・・。」という具合です。
実際にステージで起こったこと
どんなに練習してもステージの上で安心ということはまずあり得ません。常に何が起こるかわからないのがステージの上ですから。
しかし実例があれば、対処の方法を考えるきっかけとなると思いましたので、ここでは実際にステージで起こったことをご紹介しましょう。
1 私自身の嫌な経験
(1) 小学生の時、発表会でステージに上がり、ピアノの前に座りました。そこまではいいのですが、頭の中が真っ白になってしまい、何をやったらいいのかさえわからなくなり、一音も弾かずにステージ裏に戻り、オイオイ泣きました。
今立場が逆になって思うことは、当時の先生の指導の仕方が悪かったのだと思います。
(2) 日本の音大に在学中のことです。タキシードシャツの袖が長すぎたものですから、演奏中にその袖が出てきて来てしまいました。そしてカフスの部分が鍵盤に当たり、ピアノの音が出てしまいました。集中力は乱れ、演奏はひどいものでした。
以来カフスボタンを付けて演奏したことは一度もありません。
(3) アメリカの大学に通っていた時のことです。タキシードの左の袖に付いていた白い糸が気になったので、演奏しながらフッフッと吹いたことがあります。糸は取れませんでしたが。それから靴下の中にズボンのすそが入っているような気がして、気分が乱れたこともあります。
反省点としては、集中力のトレーニングの不足のため、これらの「悪」を無視できなかったということです。
(4) やはりアメリカの大学でジョイントコンサートを開いたときのことです。 リストのエチュードを弾いていたときでしたが、その演奏中になんとピアノが動いたのです。
弾いている最中に、右の方の鍵盤だけが遠くなった事に気づきました。それでも演奏は続け、最後まで止まらずに弾きましたが、演奏はひどいものでした。
その時、私はてっきり椅子の右側が後ろに下がったのかなと思ったのです。しかし実はピアノが動いて、そのふたがゆらゆらと揺れていたと、後で先生から聞かされました。
コンサートグランドピアノはキャスターが動かないようにストッパーがついていますので、出来る限り演奏前に確認するべきだと思いました。
あの巨大なコンサートグランドピアノを指だけで動かしたと思ったら一寸うれしかったのですが、演奏としては大失敗です。力が入りすぎました。
大きな音を出したいときにヒジをポンと前に突き出すというテクニックはありますが、ピアノを相手に相撲をとっているわけではないということと、鍵盤は上から下に弾くものだという点で反省しました。
2 私が目撃したハプニング
(1) 生徒の発表会の時の事です。
自分の子どもの出場を前に、カメラを持った親が最前列に移動しました。そしてその子どもの演奏中にシャッターの音が鳴ったと思った直後、そのカメラが「ジーーーーー」と鳴りだしたのです。恐らくフィルムの最後だったので、自動的な巻き戻しだったのでしょう。
その親は必死にカメラを隠そうとしていましたが、そのジーという音は演奏会場では結構大きく聞こえました。しかもフィルムが巻き終わるまでその音は止まりません。
演奏していた本人は苦笑いをしながらもちゃんと演奏してくれました。
これは教師としての私自身の反省点でもありました。それ以降カメラの撮影はご遠慮頂くことにしました。当時はデジタルカメラというものがありませんでしたので。
(2) ダラスで行われた、自分の生徒の発表会でこんな事が起こりました。
演奏したのは日本人の生徒だったのですが、客席にはその両親、祖母、そして妹が来ていました。妹はまだ幼稚園児くらいの年齢でした。
さてその生徒が演奏している最中に、客席で退屈していた妹がグズグズし始めました。そうしたら隣に座っていた祖母がこの子のお尻をつねってしまったのです。そうしたら子どもは大声で「ギャー」と叫んでしまいました。
この時以来、発表会が始まる前には、演奏中は静かにするよう注意することにしました。
(3) アメリカの大学での出来事です。
女性歌手のリサイタルで、ピアノ専攻の男子学生が伴奏をやっていました。
その曲はとてもテンポの速い曲でしたので、伴奏用の楽譜をめくる頻度が高かったのです。しかしながら彼は譜めくりの人を横に置いていませんでした。
そんなに速い曲を弾きながら自分で楽譜をめくっていたものですから、まるでアクロバットのような場面を見せてもらいました。
「ハァーすごいな。」と思うと同時に「私が譜めくりをやってあげれば良かった。」と思っていたその時、伴奏者は譜めくりに失敗し、本を丸ごと床に落としてしまったのです。
「バサッ」という大きな音がしましたが、歌手は苦笑いしながらも無伴奏で歌い続けました。伴奏者はすぐに本を拾い上げ、ページを開き、直ちに演奏を続けました。
このとっさの行動は立派でしたが、歌手に迷惑をかけないためにも、伴奏者は無理をせず誰かに譜めくりを頼むべきだと思いました。
(4) もう一つ、やはりアメリカの大学での出来事です。
上海音楽大学出身で非常に優秀な中国人ピアニストがリサイタルをしていました。
その時ステージの上に一匹のコオロギが入り込み、ピョンピョン跳びはねていました。虫一匹ですがその「ジージー」という鳴き声の大きいこと大きいこと。コンサートホールですから余計に響くのですね。
演奏している本人が気の毒でした。
3 聞いた話
バノウェッツ先生がロシアでサンクト・ペテルブルグ交響楽団を相手にピアノ協奏曲を弾いていました。演奏中にソステヌートペダルを使った直後、ダンパーが戻らなくなってしまいました。一音だけダンパーが効かなくなってしまったわけです。
珍しいことですが、演奏は中断せざるを得ない状態になり、すぐにピアノを交換して演奏を完了したそうです。
第一音目の恐怖
バノウェッツ先生から便利なことを習ったなあと思うことを一つご紹介しましょう。
これは自分の生徒にも言っていることですが「コンサートに於いて一番最初の音を弾くのはとても怖いものだ。その音がピアニッシモであった場合、メゾピアノで弾き始めろ。多少大きな音が出てしまっても音が出ないよりはましだ。あとでいくらでも調節できる。」ということです。
ご存知のように鍵盤をゆっくり押さえますと音の出ない場合があります。曲の最初から音が出ないと、演奏している本人はかなり調子が狂ってしまいます。
自分の楽器が使えないという宿命
かつて自分の楽器を演奏会に持ち込んでいるピアニストがいました。有名な所ではミケランジェリ。ホロヴィッツはモスクワでのコンサートの時に、お気に入りのピアノをニューヨークから持って行きました。
しかし、ピアニストは通常ほぼ100%に近い確率で、本番では自分の楽器を使えないという宿命を背負っています。
本番のピアノが自分の楽器に比べて鍵盤が重い、深い、パワーが無い、ペダルの効きが違うなど、本番前に多少ピアノをさわってみたとしても、実際に演奏を始めてから気づくということがしばしばあります。
生徒達にも、ステージの上では自分の楽器が使えないというシビアな現実を理解させ、違うピアノに挑戦することを覚悟の上でステージに上がるよう指導したいものです。
止まってはいけないと教える
子ども達のコンクールの審査の中に、リカバーを評価するという点があります。
何が起こるかわからないステージの上では、演奏が止まってしまうということがしばしば起こります。そのような場合、たとえ演奏が止まったとしても、次のような対処法によって評価が変わってくるということです。
例えば、曲が止まってしまい、どうしていいかわからなくて、うろたえてしまったら評価は下がります。しかしすぐに体制を立て直して演奏を続ける、あるいは多少音を飛ばしても直ぐに次のセクションから弾き始める、というような対処が取られた場合、それをリカバーと称して、評価されます。
私の教室にベトナム系アメリカ人の高校生で、非常に優秀な女子生徒がおりました。この生徒がテキサス州のコンクールに出場したとき、全部で5ページあるドビュッシーの曲を弾く予定でした。しかし彼女はこの5ページのうち中間部の2ページを本番で飛ばしてしまい、合計3ページしか弾かないでステージを降りてしまいました。演奏の途中で次の音がわからなくなってしまったのです。
しかし、私の言いつけを守り、とっさの判断で一部を飛ばしました。それをうまくやったものですから、演奏が中断したようには聞こえなかったのです。
このコンクールはテキサス州、オクラホマ州、ルイジアナ州、ニューメキシコ州の4州から生徒が来る、比較的レベルの高いものでした。
それで彼女の結果はといますと、トロフィーは逃したものの、4等賞に入り、盾を貰ったのでした。演奏自体のレベルが高かったということと、うまいリカバーが評価されたものだと思います。
本人は「あの2ページを全部弾いていたら一等賞だったかも知れなかったのに。」と残念がっていましたが、私は彼女がリカバーに成功した点と、高い水準の演奏を評価し、褒めてあげました。
コンクールに限らずとも、ホームコンサートのようなこぢんまりしたもの等、演奏の機会は結構あると思います。ですから常々、演奏中に止まらないという習慣を身につけるべきでしょう。
そもそも音楽はブツブツ止まるものではありませんので、発表会の準備の時私は、「戦争や災害や火事や停電とかの異常事態の場合以外は、何が何でも演奏を途中で止めてはいけない。」と教えています。
私自身、背広が破れようが、眼鏡が落ちようが、靴が脱げようが、演奏を止めずに弾き通すという決意でステージに上がります。
演奏している最中に解決しなければならない問題
慣れないと難しい事かもしれませんが、演奏中に起こり得る問題を想定した上で、その対処法の練習をすることが必要です。
ここではそれらの問題点を挙げ、ピアノを弾いている最中にどう対処するかをご紹介しましょう。
問題: 一番最初の音が大き過ぎた。
対処法: 全体のバランスが損なわれないように、だんだんと小さな音に持って行く。
問題: テンポが速すぎる。
対処法: お客にわからないように徐々に遅くする。
問題: 爪を切るのを忘れたので爪が邪魔。
対処法: 指をいつもより伸ばすようにして爪が邪魔にならないように、ゆっくり目のテンポで弾く。また、手首を下げると爪が邪魔にならない。
問題: 時計や指輪を外すのを忘れた。
対処法: ゆっくり目に弾く。腕を交差させるときに怪我の恐れがある。
問題: 鍵盤が滑る
対処法: 曲全体を小さめの音で弾く。力を入れ過ぎるともっと滑る。
問題: 鍵盤が深い。
対処法: いつもより遅めのテンポでしっかりと深く弾く。
問題: 鍵盤が浅い/軽い
対処法: テンポが上がりすぎないよう気をつける。
問題: 鍵盤が重い
対処法: 上半身をぐっと前に突き出し、鍵盤に圧力を加え、普段より遅いテンポで弾く。
問題: ダンパーペダルが重い
対処法: 上半身をぐっと前に突き出し、ペダルに圧力を加える。
問題: ソフトペダルがあまり効かない。
対処法: 音量を指で調節する。ダンパーペダルを控えめにしてピアノの全体的なボリュームを下げる。
問題: ソフトペダルが効き過ぎる。
対処法: ソフトペダルの使用を中止する。
問題: ソステヌートペダルが効かない。
対処法: ソステヌートペダルを使うのはあきらめ、ベースの音をバーンと出してやる。
問題: ソステヌートペダルの使用を誤り、違うベースの音が出てしまった。
対処法: ソステヌートペダルの使用を中止する。
問題: 手が震えたら。
対処法: 指をしっかりと鍵盤に押さえつける。それでもダメなら鍵盤の上に体重を乗せ普段よりも大きな音で弾く。
問題: ヒザがふるえたら。
対処法: かかとを床につけると足の震えは即止まる。
問題: ピアノの高音部にパワーが無い。
対処法: ベースの音を小さめに弾き、バランスを調節する。
問題: ベースの音が出すぎた。
対処法: 最高音を大きく弾き、上と下のバランスを取る
問題: 弾いたベースの音が小さすぎた。
対処法: ベースの音量を元に右手の音量を調節し、バランスを取る。
問題: 調節したはずの椅子が高すぎるように感じる。
対処法: 背中を丸めるようにして、出来るだけ「低く低く」という感じに上半身全体を低くする。
問題: 椅子が低すぎる。
対処法: 背をぐっと伸ばし、上半身を高く持って行く。
問題: 椅子が近すぎる。
対処法: チャンスをみつけて半分立ったような状態になり、お尻を椅子の奥の方に移動させる。(プロの演奏家で、お尻で椅子ごと押してしまう人もいますが、これはちょっと危険なので生徒にはお勧めできません。椅子がもし遠くなり過ぎたとき、その椅子を戻すのには高度な技術を必要とします。)
問題: 椅子が遠すぎる。
対処法: チャンスをみつけて、半分立ったような状態になり、お尻を椅子の前の方に移動させる。
これらは全て演奏しながら行う事柄です。初級の小学生に関してはあまり心配要りませんが、中学生以上で中級以上のような場合でしたら、このような指導が必要になると思います。ちなみに、これらは全部私自身によって実証済みです。
ピアノの椅子
ピアノの椅子の高さで完璧というものはありません。自分の椅子の高さは〇〇cmだと決めつけてしまっては厄介です。もちろんソロ・リサイタルのような場合、開演前のリハーサルの時に何度か椅子の高さを変えてみて、自分に一番都合の良い高さに調節できますが、発表会のような場合はなかなかそう行きません。
私の生徒の中で神経質にも、自宅の椅子の高さを物差しで測っている生徒がおりました。私はあっさりと「無駄なことです。」と言い放ちました。
そもそもピアノの鍵盤の高さはピアノによって多少の違いはありますし、キャスターカップと呼ばれるピアノの靴のようなものの種類によっても高さは変わります。演奏の場所によって、それが付いている場合もあれば付いていない場合もあります。
椅子の高さを測ったとしてもアーティストベンチの場合、座ったときに少し沈みますので、計りようがありません。体重のある人だったら沈むでしょう。
もちろん自分の好みの高さを知っておくことは大切です。発表会の時、演奏前には当然、椅子の高さを調節する程度の時間的余裕は生徒に与えます。そしてきちんと椅子の位置と高さをを調節してから演奏を始めさせます。
北テキサス大学に客員教授として来ていたピアニスト、ウラジミール・ヴィアルドは演奏中、椅子が遠いとき、空いた手を股の下に延ばし、下の方からギュッとベンチを引き戻していました。お勧めのテクニックではありませんが、「こういう事も可能なのだ」と感心したことがありました。
椅子をいろいろな高さ、位置、角度に置いてピアノを弾いてみる練習をお勧めします。 コツとしてはまず自分に最適のポジションに椅子を調節し、そこから約3cmの幅で高、低、前、後させます。そしてそれぞれの状態で実際にピアノを弾き、演奏中にどう対処するか考えながら本番に備えるのです。
ぜひ、お試し頂きたいと思います。
演奏を成功させる心、技、体
アメリカに開設した私のホームページの中に、「演奏を成功させるための準備」というセクションがあります。これを書くときに私は別に、心、技、体、と分けるつもりはありませんでしたが、項目毎に整理したらこうなってしまいました。
生徒の演奏の度いちいち説明するのが面倒でしたし、それより時間を節約してより多くの時間をレッスンに費やしたかったものですから、ホームページに載せてしまったのです。 日本語に翻訳しましたのでご覧下さい。
演奏は技術と音楽性をステージの上で示すものです。
生徒達は何ヶ月にもわたる厳しい練習の締めくくりとしてステージに上がり、演奏の後はたいへん大きな達成感を経験するのです。
演奏は挑戦です。どんなにたくさんの練習をしたからといって、ステージの上では安全ということはありません。そこは普段とは違う雰囲気で、普段とは違うピアノを使い、普段会わない人の前で演奏しなければならないというプレッシャーがあるのです。
暗譜、精神的、肉体的ケア、いろいろと準備するべき事柄があります。そこでステージに上がる前の準備の段階でのポイントをいくつか挙げてみましょう。
1 心
演奏時の感情は極めて安定していなければなりません。怒ったり、悲しんだり、あるいは楽しみすぎていては、ステージの上で感情をコントロールするのがむずかしくなります。
生活の中で正直な感情を表現することは大切な事ですが、それは演奏が終わるまでは我慢しましょう。頭を冷やしておくことが大切です。
精神をコントロールすることは、ある意味での試練と考えられます。「〇〇の理由で練習が足りなかった。」、「ステージにあるピアノの鍵盤が重い。」、「お客がうるさい。」、「ステージが暗い。」、「寒くて指が動かない。」等あらゆる「邪魔」を経験しなければなりません。しかし、これらはまずい演奏の言い訳としてはいけないのです。ステージの上では何が何でも仕事をしなければなりません。
完璧な演奏の環境などというものは期待できるものではありません。非常事態以外は、どんな状況にあっても演奏しなければなりません。
演奏するという事には、これらの邪魔に立ち向かうための非常に強い精神力が必要とされます。むずかしい曲に挑戦するということだけではありません。自分への挑戦でもあるのです。
強い精神力で、これらの邪魔と戦いましょう。
2 技
暗譜は練習の早い段階で済ませてしまいましょう。特に上級の場合、暗譜をしなければ練習や演奏が不可能な部分というのが多くあります。
ダンパーペダルを使わずに片手だけの練習を毎日行いましょう。この練習法は暗譜の不安や精神的な不安を解消させる一つの近道です。
さらに、特にむずかしい部分の練習を重点的に行いましょう。ペダルを使わない練習方法は、特に暗譜を安定的にするために効果があります。
両手の練習もペダルを使わないで毎日行いましょう。多少時間がかかりますがこれも役に立つ練習方法です。
演奏の約一ヶ月前に自分の演奏を録音して聞いてみましょう。録音の時、演奏を止めてはいけません。電話が鳴っても、来客があっても、止めない覚悟で行いましょう。これを週に一度は行いましょう。録音するというプレッシャーによって、演奏の弱点を発見することができます。
そして、その録音を自分で聞いてみましょう。その時テンポ、リズム、フレーズ、強弱、バランス等、全てをチェックしましょう。
実際の演奏の前に、誰かに聞いて貰いましょう。プレッシャーのもとで演奏する良い練習になります。この時もやはり演奏の弱点を発見することができます。
できれば調律師にお願いして、自分のピアノの鍵盤の重さを普通のものより重くして貰いましょう。こうしておけば本番のピアノの鍵盤が重く感じなくなるはずです。この料金はそれほど高くないはずです。
3 体
演奏の日は元気でいましょう。健康を保つのも一つの試練です。聴衆は上手な演奏を期待するものです。その期待に応えるために、たくさん練習すると同時に元気な体を保ちましょう。
寒くて乾燥した冬は指先が切れて痛いことがあります。演奏の前夜は寝る前に指にローションをたっぷりと塗っておきましょう。
指が痛いときは思い切って練習を一時止め、回復を待ちましょう。
寒い時期には特に空気が乾燥します。指の怪我を最小限に食い止めるため加湿器を置くことを勧めます。
©2005新谷有功