第二章

 

レッスンのために

(For Piano Lessons) 

 

レッスンプランの基本

 

 ピアノの生徒が行き詰まる、挫折する、拒絶反応を示す等、ピアノ教師であればだれでもこのような問題を経験したことがあるのではないかと思います。そんなとき教師はとても困ってしまいます。トンネル状態に陥り、出口が見えなくなることもあるでしょう。

 

 生徒を叱るか、励ますか、我慢強く同じ事を繰り返すか、生徒をクビにするか、あるいは教師である自分を責めるか。

 

 ここでは、どのようにしたらこのような問題を起こさずに済むかについて考えてみたいと思います。 

 

 生徒は個性のある人間ですから、教師がもし、画一的なレッスンプランを作ってそれを生徒全員に押しつけたとしたら、そこから外れる生徒は必ずと言っていいほど出てくるでしょう。外れた生徒はダメな生徒かというとそうではありません。人によって習い方、覚え方、練習の仕方等が全然違うということです。

 

 初級、中級、上級とあらゆるレベルの生徒がいます。また、手の大きい人、小さい人、指の強い人、弱い人、ポップスの好きな人、クラシック音楽の方が好きな人、大人の初心者、過去にピアノを習ったことのある大人、障がいを持つ人、等々、挙げればきりがありません。

 

 では、こんなに多種多様な生徒を相手に、いったい教師はどうしたらいいのでしょうか。次にいろいろな種類の基本プランをご紹介したいと思います。

 

 1 一次元式

 

 図8のように、教師が一種類のテキストしか使わない場合、生徒は皆、同じ本を使い、同じ目標に向かいます。皆が皆、スムーズにレッスンが進んでいる場合は問題ありません。

 

 しかし、これでは誰かが行き詰まった場合に行き場所がありません。生徒の逃げ場がないのです。

 

 このような画一的な方式をとる教室は、生徒にとってかなり窮屈なものです。一人一人違う人間を相手に、たった一つの方式に全員を合わせようとするのが一次元式です。  このように教師の無力さと傲慢さが前面に出てしまうような事では、レッスンはうまく行くはずがありません。一次元式では生徒一人一人に合ったプランを組むことが無理なのです。

 

 「レッスンが面白くない。」、「先生が何を期待しているかがわからない。」、「レッスンを止めたい。」など、生徒からの不満が続出する最悪の例だと思います。

​新谷有功 著

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2 二次元式

 

 では、図9のように二次元式にしてみてはどうでしょうか。2種類以上のテキストを使い分けますと、このような形になります。それぞれの生徒に少し余裕が出てきました。

 

 初めてピアノ教室をオープンするような場合、この方法で始めれば、比較的問題を少なくレッスンができると思います。

 

 生徒が原因か教師が原因かは別として、もし生徒が行き詰まった場合の応急処置として、テキストを替える準備が出来ていれば、生徒にとっても教師にとっても、かなりの余裕がでてきます。

 

 この場合、例えばアメリカのテキストを使うとすれば、教師が多分50冊位を使いこなすことができれば教室は始められると思います。生徒のニーズに合わせて、その中から4〜5冊選んでレッスンに使うのです。

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3 三次元式

 

 図10のように、三次元式にしたら、どうでしょうか。これは私が実際に行ってきたものです。

 

 全てのレベル、老若男女、健常者も、障がい者も、全部ひっくるめて、このキューブの中のどこかに位置付かせます。例外はありません。そして、 一人一人それぞれ別の目標を立てて、それぞれの方法でピアノを学んでもらいます。これなら、落ちこぼれなんてあり得ません。

 

 私は初級だけで約300冊のアメリカのテキストを使い分けていました。そして、その中からやはり4〜5冊、それぞれの生徒にとってベストと思われる物を、いかにも薬を調合するように選んだのです。

 

 この三次元式でレッスンをしていて、もし、あるテキストが不要と思えばその一冊の使用をすぐに中止できます。また、例えば初見演奏のテキストが必要だと思えば一冊足したり、ポップスが好きな生徒には、その本を一冊加えたり、という具合に、まるで生き物ようにレッスンをどんどん変化させることが可能なのです。

 

 私は、生徒が行き詰まったような場合は、躊躇無く別な出版社のテキストを使わせました。一人の生徒に初級だけで4種類のテキストを使ったこともあります。つまりその生徒は3回挫折したというわけです。3回挫折した後、以前使っていたテキストに戻ったというケースもあります。

 

 何度挫折した生徒でも三次元式は受け入れてくれるのです。

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一人一人の目標

 

 レッスンの進み具合や、練習量、曲の好み、あるいはレッスンの目的等、人それぞれ違いますので、生徒一人一人、独自の目標を立てます。二次元式や三次元式のプランですと、それは可能です。レッスンを効率よく行うために、生徒それぞれの短期目標と長期目標の両方を立てる必要があります。これによって教師としても「生徒と一緒に目標に向かって頑張ろう」という気持ちになることができます。

 

 1 短期目標

 

 生き生きとしたレッスンは、どんどん変化しますので、比較的短い期間の目標を、生徒と一緒に立てます。だいたい2〜3ヶ月、あるいは、一つの学期といった期間です。たとえば、「ハロウィーンまでにレベル3を終わろう。」とか「クリスマスまでにこの本を終わろう。」といったものです。

 

 目標を立てる時期は、学期のはじめがベストだと思います。学校も始まり、生徒の生活全般が、勉強する雰囲気になってきているからです。

 

 一方、学期の終わり、つまり休暇の前は、5分ほど費やしてレッスンの中で反省会を行います。

 

 2 長期目標

 

 長期目標を立てることは、生徒より教師にとって非常に大切な仕事です。

 

 「正しいレッスンの進み方」の曲線(図11)と、その生徒の進み具合を比較し、そのレッスンが正しく進んでいるかどうかの検証をしなければなりません。読譜能力、リズム、テクニック、理論等、それぞれがバランス良く学習されているかをチェックするのです。そして、生徒の状態が曲線から大きく外れているような場合は、それを正さなければなりません。例えば演奏能力が読譜能力を上回っていたら、「次の学期は初見演奏の本を一冊加えよう」と判断します。リズムの調子が変なら、「テキストを一冊減らして、その代わりにリズムのトレーニングをやろう。」といった具合です。

 

 3年先とか5年先にその生徒がどうなっているのだろう、あるいはどうなるべきか、という予想を元に「正しいレッスンの進み方」の曲線の形を、生徒の進行具合に合わせて多少調節してもいいのです。

 

 また、数年後の予想を逆算すれば、今日のレッスンで何をしなければならないかということが自動的に算出されます。

 

 逆に言えば、今日のレッスンでこれをやっておかなければ、この生徒は3年後に不幸な思いをするであろう、というような予想が立つわけです。

 

 教師はこのような長期目標を持つことによって、それぞれの生徒を良い方向に導くことができるのです。

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初級の体系的評価

 

 1 教師独自の判断基準

 

たった一種類のテキストしか使わなかった場合、落ちこぼれを作ってしまうということは、別の項でも述べました。

 

 では、複数のテキストを使う場合、どのように生徒を評価すれば良いのでしょうか。特に新しく入ってきた生徒に対しては、体系的な評価をしなければ、テキストを選ぶことも、その生徒の指導計画を立てることもできません。生徒の現在の力を正しく評価しなければならないのです。

 

 そのために教師は独自の判断基準を設けなければなりません。テキストによって、それぞれのレベルでの期待度が違うからです。

 

 例えば、バスティンのレベル2は、フェイバーの3Aと大体同じレベルという具合に、テキストによって各々のレベルで習う事柄が違ってきます。どんなテキストにも対応できるようにするためには、教師独自の基準を作り、それぞれの項目毎に評価を出すという作業が必要になります。

 

 オリジナルですが、私が自分で作り、自分で使ってみて実際に非常に役に立っているチャートを次に書いてみます。私は初級を5段階に分け、それぞれのレベルの期待を横に書いてみました。

 

 レベル1:  2/4, 3/4, 4/4、四分音符、二分音符、全音符、付点二 分音符、ビームでつながれた二つの八分音符、四分休符、二分休符、全 休符、二度の音程、三度の音程、四度の音程、五度の音程、ハ長調の三 和音、ト音記号、ヘ音記号、ブレース、縦線、複縦線、繰り返し、スタ ッカート、スラー、タイ、シャープ、フラット、フォルテ、ピアノ、レ ガート、その他

 

 レベル2:  旗の付いた八分音符、付点四分音符、八分休符、ヘ長調の三和音、ト長 調の三和音、ト長調の調号、ヘ長調の調号、アクセント、クレッシェン ド、ディミヌエンド、リタルダンド、ア・テンポ、ペダル、オクターブ サイン、ダ・カーポ、メゾフォルテ、メゾピアノ、ナチュラル、アレグ ロ、アレグレット、モデラート、アンダンテ、弱起、その他

 

 レベル3:  6/8、六度の音程、七度の音程、Iの和音、IVの和音、V7の和音、 ニ長調(シャープが2つ)、イ長調(シャープが3つ)、ホ長調(シャ ープが4つ)、二分形式、三部形式、フェルマータ、ハ長調の長音階、 ト長調の長音階、ヘ長調の長音階、その他

 

 レベル4:  2/2,三連符、オクターブ、三和音の転回、イ短調(ハ長調の平行調)、 ニ短調(ヘ長調の平行調)、ホ短調(ト長調の平行調)、変ニ長調(フ ラットが5つ)、変イ長調(フラットが4つ)、変ホ長調(フラットが 3つ)、平行調の概念、フォルティッシモ、ピアニッシモ、コーダ、半 音階、その他

 

 レベル5:  十六分音符、付点八分音符、増三和音,減三和音、変ト長調、変ロ長調、 ロ長調、同主調、複雑なペダル法、シンコペーション、その他

 

 初級だけでこんなに勉強するのかと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、これがアメリカでの伝統的かつ体系的なメソッドと考えて良いと思います。

 

 では、これがどのように体系的であるといえるのでしょうか?

 

 例えば、ソナチネの中に付点八分音符(レベル5)があったとします。それを理解するためには十六分音符(レベル5)を知らなければなりません。十六分音符を理解するためには、八分音符(レベル2)を知らなければならず、八分音符を理解するには四分音符(レベル1)がわからなければならない、といったように、逆算的に考えます。このように、レベルの違いを明確にすることによって、生徒の現在のレベルを正確に把握することができます。

 

 このレベル毎に挙げたそれぞれの用語は全てではありません。おおよその目安として列記しました。初級の全体像が見えてさえいれば教師なりにアレンジして構いません。

 

 それよりもっと大切なのは、これをもとにいろいろなメソッドの対比をすることです。例えば、私のレベル5は、だいたいバスティンのレベル4ですし、フェイバーだったらレベル5になります。また、私のレベル3は、アルフレッドのレベル2くらいですし、フェイバーならレベル3Aと同等ということになります。 

 

 2 評価

 

 次は実際に初級の生徒、または転入生を前にしての評価ということになります。これには次のチャートを使います。

 

 

現在の生徒の演奏レベル:                           1  2  3  4  5

音符の認識:                1  2  3  4  5

鍵盤の認識:                                                  1  2  3  4  5

演奏のリズム:                                              1  2  3  4  5

楽譜の上でのリズムの理解:                       1  2  3  4  5

三連符を知っているか:                               1  2  3  4  5

拍子記号をどこまで知っているか:            1  2  3  4  5

音符をどこまで知っているか:                    1  2  3  4  5

休符をどこまで知っているか:                    1  2  3  4  5

音程の読み方をどこまで知っているか:     1  2  3  4  5

鍵盤の音程を読み取ることができるか:     1  2  3  4  5

三和音とその転回を知っているか:             1  2  3  4  5

長調を知っているか:                                    1  2  3  4  5

短調を知っているか:                                    1  2  3  4  5

シャープ調をどこまで知っているか:         1  2  3  4  5

フラット調をどこまで知っているか:         1  2  3  4  5

速度記号はどこまで知っているか:             1  2  3  4  5

強弱記号はどこまで知っているか:             1  2  3  4  5

どのレベルからレッスンを始めるべきか:  1  2  3  4  5

 

 

 

 右側の数字は、5段階に分けられたレベルです。それぞれのレベルの期待を教師が理解した上で、数字に〇を付けていきます。評価の項目は必要に応じて増やしても良いし、減らしても良いでしょう。

 

 それぞれの項目について、生徒に対して質問なりテストをし、5段階の評価を下します。何となく5段階に振り分けるのではなく、前記の5つのレベルに照らし合わせて丁寧に行います。例えばフラット調がわからなければレベル3となりますし、三連符を知っていればレベル4に〇を付けます。

 

 ここで気を付けたいことは5が良くて1が悪いということではありません。

 

 教師にとってやっかいなのは、生徒のある項目が5で別な項目は3、あるところは1という具合に、バラバラになっている時です。低いレベルからやり直しをしなければならないからです。

 

 一方、殆どの項でだいたい1か2、あるいは殆どが3以上、というふうに大体のレベルが一定していると、教師としては今後の計画が立てやすくなります。

 

 アメリカの伝統的なメソッドをきちんと学んできた生徒は後者になります。

 

 いかがでしょうか、これらの評価は慣れたら5分くらいで出すことができます。

 

 このように明確な判断基準を設けることによって、生徒にも保護者にも納得の行く評価が下せるわけです。

 

 さらに、これは教師にとってはもっと大切なものとなります。この評価をもとに、どのテキストを、どのレベルから始め、3ヶ月後にはどうなって、1年後はどうなって欲しい、あるいはどうなっているべきか、というように、レッスンの方針と計画を立てるための重要な資料となるからです。

 

 

便利な音符の発見法

 

 ある音符を見たとき、それがどの鍵盤の音かがわからなければなりません。これは読譜の基本中の基本です。

 

 いろいろな教本にいろいろな方法で音符の発見方法が説かれていますが、ここでは、その中で、最も便利で役に立つものをご紹介します。

 

 白鍵は音符の上では例外なく線、間、線、間、と進むということを生徒に理解させた上で、図12のように、「ド」の音だけを暗記させるというものです。

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 ポイント1: 点線によって上下が線対称となっているので視覚的に覚えやすい。

 

 ポイント2: それぞれの「ド」の音を鍵盤上でも覚え、それを道しるべとする。

 

 ポイント3: これらの「ド」の位置を覚えるだけで、楽譜と鍵盤の全体像が見えてくる。

 

 ポイント4:  演奏する曲の一番初めの音を覚えるときに安全で確実。「ド」の鍵盤を基準に最初の手の置く場所が確認できる。

 

 ポイント5:  読譜のスピードが上がる。いちいちド、レ、ミ、と数えなくても視覚 的にしかも瞬間的に鍵盤をさがすことができるようになる。

 

 ポイント6:  知的障がい者から上級者まで、すべての生徒に通用した。

 

 ポイント7:  中世の音楽史を教えるときも便利。 

 

 アメリカの伝統的なメソッドでは、読譜の段階でト音譜表とへ音譜表は別な物とは考えません。白鍵を左から右にズラーッと弾くときに、音符は下から上へ、必ず線、間、線、間と行く、というふうに指導します。

そのなかで道しるべとなる「ド」だけを暗記させると非常に便利です。それぞれの「ド」を基準にその周辺の音を見つけることができるからです。

 

 そして、図12を常に頭の中に入れておいて、それを楽譜と照らし合わせます。いかにも透明のシートに書かれた図12を通して楽譜を読むようにです。こうすれば、かなり速く、しかも正確に音符を読み取ることができます。

 

 こういうトレーニングをすれば、真ん中の「ド」から、延々と「ドレミファソラシドレミファソラシドレミファソラシ」と数えて、しまいにわからなくなってしまったということが起こらないでしょう。

 

 しかし、実際のレッスンの中では生徒はしょっちゅうこれを忘れてしまいます。ですから、その都度、この図12を持ち出して復習させると効果があります。

 

 

スパイラル・コンセプト

 

 1 スパイラル・コンセプトとは

 

 「らせんの概念」とでもいいましょうか。人間の脳が何かを学習するときは、一直線にスパーッと行くものではなく、らせんを描くようになるという考え方です。

 

 これはアメリカの大学で音楽理論教育法の授業の中で学んだ事です。

 

 図13をご覧下さい。日常生活で行うこと、または学習することを並べてみるとします。 非常にたくさんのことを行ったり学習したりするものです。あまりの忙しさに目が回りそうだということもあるでしょう。

 

 では次に、この一回転を一週間と考えてみましょう。そうしますと、次の週には、同じことを繰り返している、ということがわかります。ちょうど一週間に一度の連続ドラマの続きを観るようなかたちになります。

 

 このように同じ科目とか、事柄が毎週毎週繰り返されることによって、脳がそれぞれを学習したり、上達させて行くと考えるのがスパイラル・コンセプトなのです。

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 2 忘れる vs  忘れない

 

  (1) レッスンで

 

 ピアノのレッスンをやっていますと、生徒は、「スペリングのテストがある。」とか「飛行機の操縦士の試験がある。」とか「水泳の大会がある。」など、ガタガタ言います。

 

 いちおう生徒の言っていることには耳を傾けます。

 

 しかし私はこのスパイラル・コンセプトを持ち出し、「ピアノのレッスン中はピアノ以外のことは忘れてください。」と言います。ピアノのレッスンの後に、他の全てを忘れ去っているわけありません。

 

 逆に「他のことをやっているときは、ピアノのことを忘れて下さい。」と言います。

 

 ピアノのレッスンでは集中力のトレーニングの一部として、この考え方を使います。集中力を高めるために「忘れる」あるいは「無視する」という作業は欠かせません。詳しくは「集中力」の章をご覧下さい。 

 

  (2) 日常

 

 スパイラル・コンセプトを説明するために非常に良い材料となるのが連続ドラマです。

 

 例えば、一週間に一度の連続ドラマを観るとしましょう。

 

 ドラマの流れている間はそれに熱中しますが、番組が終わった後、普通の場合は無意識にそのことを忘れます。「主人公がどうなってしまうんだろう。」と、一週間、毎日毎日悩み続けるということは普通無いわけです。

 

 反対に、先週観たドラマの続きが始まったとき「こんなドラマ観たことがない。」とも、普通は思わないでしょう。むしろ、次のドラマが始まってから、「あ、先週はこうだったな。」と思うものです。

 

 このように、脳はドラマのエピソードを継ぎ足しながら、ひとつの長いお話として編集することが出来ます。

 

 これは、一週間に一度テレビで流してくれているから出来るのであって、もし、連続ドラマが、一ヶ月に一度とか一年に一度だったらどうでしょうか。前回のストーリーを忘れてしまいます。

 

 学校の勉強にしてもピアノのレッスンにしても、同じようなことが言えます。

 

  (3) 繰り返す

 

 毎週レッスンをやっていても、生徒達は以前に習ったことをいとも簡単に忘れてくれます。しかし私は怒りません。忘れて当たり前だからです。

 

 一週間前に習ったことでも、一ヶ月前に習ったことでも、1年前のことでも、必要であれば私は何度でも同じことを繰り返して言い続けます。

 

 教えたことを生徒が忘れたからと言って一時的な感情で叱りつけるより、スパイラル・コンセプトを利用した方がレッスンの効果がはるかに上がります。

 

 どんなに忘れても、脳に問題でも無い限り習ったことを100パーセント忘れるということはありません。繰り返し教えるということは、ペンキに例えたら、薄くなったところを何回も上塗りするようなものではないでしょうか。薄くなったらまた塗りましょう。

 

  (4) 認識

 

 同じ事を繰り返すことによって、あることを認識することが出来るようになります。つまり「考えなくても出てくる」ということです。

 

 たとえば、子どもが朝起きて、お母さんの顔を見たら、考えなくてもそれが自分の母親だとわかるでしょう。「えーっと、あなたは確か私のお母さんですね。」ということはありません。それは毎日その顔を見ているからです。

 

 食事の時に自分の指でつまんでいる箸を見ながら、「この、先のとがった二本のスティックの名前は箸だ。」というふうには考えません。考える前にそれが箸だと認識できるからです。

 

 自分の誕生日も、忘れないものです。毎年毎年、誕生日は同じ日に来るからです。同じことを繰り返すと、考えなくてもその事柄や物が認識できるようになります。このアイディアはピアノ教育の中では、特に初見演奏に効力を発します。

 

 音程を読むとき、「一度、二度、三度」とは数えないで、二音の「線」と「間」の関係で音程を認識します。詳しくは初見演奏の章をご覧下さい。

 

  (5) チャンネルをうまく利用する

 

 アメリカの私のスタジオでは、多いときで45名の生徒が個人レッスンを受けておりました。ですから他の先生から、「大変だね。」と言われていましたが、私にとっては全然大変ではありませんでした。

 

 スパイラル・コンセプトを利用し、頭の中に45チャンネルの生徒の情報を入れ、一週間に一度、それを順番に出して行ったのです。これこそ45種類の連続テレビドラマを観ているような感じでした。 

 

 ある一人のレッスンを行っているときは、他の生徒のことは全く考えていません。

 

 各生徒の詳細についてはレッスンの都度、病院のカルテを見るように宿題帳で確認していました。それを見ると一瞬にして先週のレッスン内容が頭の中によみがえるというわけです。

 

 

子どもとウソ

 

 友人に台湾系アメリカ人がおりました。私は彼女に「子どもはそもそもウソをつくものだと学校で習った。僕は自分の生徒がウソを言っても平気なんだ。」と言ったことがありました。

 

 そうしましたら彼女は「信じられない!私だったら子どもがウソをついたら、それはいけないことだと言って叱りつけるわ!」と言いました。

 

 私は生徒がウソをついても平気なのです。 次に面白い例を挙げましょう。

 

 ダラスに住んでいたアメリカ人の小学3年生の女の子は、プールの好きな子で、学校が終わったら毎日のように自宅の裏庭のプールに入っていました。

 

 ピアノの先生が来たらプールから上がり、水着のままピアノのレッスンを受け、レッスンの後はプールに戻るということをやっていました。

 

 次にその生徒と私の会話。

 

私 「〇〇ちゃん、最近はなんだかピアノの調子が悪そうだね。」

生徒 「そんなことないよ」

私 「3週間前からさっぱり上手になっていないようだけど。」

生徒 「上手になってるよ。」

私 「宿題帳によれば、この3週間に一つもパスしていないようだね。」

生徒 「ヘヘヘヘ、、、、」

私 「先生との約束通り、一日30分、ピアノの練習をしていますか?」

生徒 「ハーィ」

私 「本当ですか?」

生徒 「ハーィ」

私 「ということは、一日の練習が30分じゃあ足りないようだね。」

生徒 「いや、30分で十分だよ。」

私 「早速今日から45分練習しましょう。お母さんにも監督をしっかりやって貰うようにお願いしておきます。」

生徒 「ちょ、ちょっと待って。」

私 「何ですか?」

生徒 「2、、、、、、、、29分練習したの。」

私 「29分も30分も同じです。今日から45分ですよ。」

生徒 「・・・・・。」

 

 私のことをウソの通じない相手だと悟ったのか、その生徒は二度と私にウソをつかなくなりました。

 

 生徒が明らかにウソをついている場合でも、そのウソを信じているふりをして、どんどん追及していけば、どこかでボロがでます。

 

 ピアノ教師が怒ったり叱ったりする必要は全くありません。

 

 

教師自身が楽しむ

 

 良いレッスンは教師自身をも満足させるものです。それぞれのレッスンの中で教師は、生徒の上達を実感したり、生徒の弱点を発見してアドバイスを与えたり復習させたり、或いは新しく習うところを生徒が理解してくれたというように、何か一つでも教師としての達成感があるべきです。それによってレッスンが意義のあるものとなり、教師も「楽しい」と思うわけです。

 

 楽しいということは、エンターテインメントを施すという意味ではありません。生徒自身に「わかった。」、「弾けた。」、「出来た。」、と思わせることです。それによって教師も「今日のレッスンは良かった。」と感じます。

 

 教師が楽しいと思わないレッスンを、生徒が楽しいと思う訳がありません。教師自身が満足し、楽しいと思うレッスンを心がけたいものです。

©2005新谷有功